レポート

vol.02 雨音を言の葉にのせて

雨が降る音に耳を傾けていると、自然と心が落ちつき穏やかな気分になるのはなぜでしょう。古くから結びつきのあった日本人と雨にまつわるレポートをお届けします。

Chion-in - Big Gate」 撮影:joka2000

雨の国、日本

自然が目を覚ましたかのような美しい春が過ぎ、しとしとと雨の降る季節になりました。「梅雨」の語源は、「梅の実が黄熟する季節に降る雨」。日本人は、古来より四季折々の自然を敬ってきましたが、そのなかでも、命の恵みである雨には特別な思いがあるようです。実は、日本の雨量の年間平均値は世界平均値の約2倍とも言われています。この豊かな環境こそが、日本独自の雨文化を育んだのです。


日本には「ぽつぽつ」「ざあざあ」といった雨の擬音語がありますが、雨の降らない国には、そもそも雨の音を表現する言葉はありません。私たちが雨を名付けて表現し、時に畏敬の念を抱くのは、それが農耕文化にとって重要な価値を持ち、生活に密着した存在であったからにほかなりません。今でも飢饉の際に祈りをささげ、神が雨を降らせたという逸話は日本各地で語り継がれており、それを祀った神社も数多く存在しています。

The Meiji Shrine」 撮影:MIKI Yoshihito
写真はイメージです。文中の黒髪神社ではありません。


例えば、佐賀県武雄市にある黒髪神社もそのひとつ。神社の方によると、黒髪神社は闇龗神(くらおかみのかみ)という雨をつかさどる神様を祀る由緒ある神社で、「くろかみ」という名は「くらおかみ」に由来するそうです。現在も、雨が降らない時には雨乞いの祈祷を行っており、昨年も猛暑で小雨傾向がつづいたため、隣の市の農協の方々が祈願されたとのこと。実際、その2日後には雨が降ったそうです。天気予報によって気象が説明されるようになった今でも、こうした文化が脈々と受け継がれているのは、人間が古来より自然を敬い、恵みを受けて生きてきたという事実を、私たちが心の奥底で認識しているからでしょう。

日本人と雨音、そして和歌

脳科学的に見ても、日本人と雨の音に関する興味深い研究があります。というのも、日本人型の脳は泣く・笑う・なげくといった感情音や動物の鳴き声、雨や風、小川のせせらぎといった自然音を「言語」として認識するというのです。一方で、西欧人型の脳はそうした音を楽器が奏でる「音楽」と同様に認識します。つまり、日本人は雨の音を耳にした時の感情を、言語的にとらえているのです。ともすると、雨をさまざまに言語化してきた日本の豊かな芸術文化は、このような特徴とも深く関わっているのかもしれません。

Ripple」 撮影:mrhayata


こうした事実から考えると、日本に400以上もの雨の名前があることにも納得するのではないでしょうか。日照りつづきの大地に降る恵みの雨を、高価な錦にたとえた「錦雨(にしきあめ)」、初夏の美しい青葉をよりつややかにして注ぎ降る「翠雨(すいう)」、雨が地を叩き、雲間から差す日が白く見えるような「白雨(はくう)」など、原風景が目に浮かぶような美しい名前が使われています。また、「梅雨」と同じく花の名が付いている雨の名前のひとつに「卯(う)の花腐(はなくた)し」があります。これは、卯の花が咲いている頃に、卯の花を腐らせてしまうほど降り続く長雨のことで、日本最古の和歌集である『万葉集』にも、

「春されば 卯の花ぐたしわが越えし
   妹が垣間は 荒れにけるかも」(作者未詳)

という和歌があります。春になり、卯の花腐しの五月雨が降り続いているなか、昔、忍んで行った恋人の家を思い出しているという恋の歌です。きっとあの家の垣根の間は荒れてしまうのでしょうという最後の句には、もう愛しい人には会えないという切なさを感じます。

雨を詠む、万葉人の想い


このように雨を詠む万葉歌は約150首、春雨(はるさめ)、時雨(しぐれ)、秋雨(あきさめ)、冬雨(とうう)など四季折々の季節感を詠うものや、ある種の比喩表現として亡き人へ想いを込める歌、祈りを込めたものなどさまざまな種類があります。今から千数百年も前に生きた人々もまた、私たちと同じように天から降る雨を見つめていたのでしょうか。

万葉集の専門家によると、古代の人は「天」のことを「あめ」と言い、そこから降ってくる「雨」も「あめ」と呼んでいました。加えて「あまちゃん」でおなじみの「海女」を「あま」と言うことからわかるように、「海」もかつては「あめ」と言っていたのです。

古代人にとっては天も雨も海もすべて「あめ」。現代からすれば、とても曖昧な感覚かもしれません。また、天に関係するものに「ひさかたの(久方の)」という掛かり言葉があり、「ひさかたの天(あめ)」「ひさかたの雨(あめ)」と詠います。その語源は不詳ですが、『万葉集』では天や雨のほかにも月や都にも掛かります。さらに中古以降は、雲、光、雪、岩戸、織女(はたおりめ)など、天上界にまつわるさまざまな言葉の掛詞(かけことば)としても使われるようになりました。


日本という、美しい国が育んだ雨の文化、そして言葉が持つ豊かな想像力とそれを残した人々の想い―。それを知ることでより一層、雨を愛おしく感じることができるのではないでしょうか。雨の降る日には、ゆっくりと雨音に耳をすまし、心に浮かんだ言葉を書き綴るのもよいかもしれません。忙しい毎日に一息入れて、そんな贅沢な時の過ごし方を味わってみてはいかがでしょうか。

参考資料:
国土交通省 水害対策を考える
高岡市万葉歴史館論集3『天象の万葉集』(笠間書院)
角田忠信『日本人の脳―脳の働きと東西の文化』(大修館書店)
角田忠信『続 日本人の脳―その特殊性と普遍性』(大修館書店)
高橋順子(文)、佐藤秀明(写真)『雨の名前』(小学館)
青木周平、青木生子『万葉ことば辞典』(大和書房)

テキスト:疋田祥世

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